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う~ん・・。
こんにちは、聡です。  

パン屋さんのティータイムライブ、今日終えました。

2月の末だったか、お話を頂いて頃合に楽譜が届き楽しく今日を迎えるつもりが、先週に
なって曲が追加。
休憩挟んで1時間半のライブに時間的に少々足りず、新曲4曲が新たにやって来ました。
カーペンターズのやら、情熱大陸やら面白そうなのはいいけれど、人様の前で弾くには
時間が間に合うか?

昨日のリハーサルが終わっても、危惧どおりあくる日本番を迎える気がしない。
そうこうしながらうっすら痛いお腹を持て余しつつ帰路に着いて、後はとにかくさらうのみ。

火事場の馬鹿なんとかか、その後何とか手応えあれば、あらら痛いお腹はどこへやら。
これがストレスと言うものか、私でもいっちょまえに抱えるのねと呆れたり。

さて、今日。
前半に固めたクラシックは結構いい感じ、どきどきの私のソロも思うよりは上手くいって、
何か安心しちゃった。
ティータイムは、様々楽しめるよう小さくカットされた、こんな包みが配られました。
主催者が、
「まだ演奏を残しては召し上がれないでしょうから、後に差し上げますね。」
などのお気遣い無用なほど食べたい気満々、この御大のを横からむずむず頬張ったり。
思わぬ知人が来てくれたりでおしゃべりも弾んで、ここで何か寛いでしまう。

で、後半のポピュラー編は楽しんで1曲また1曲と進んで行き、最後が「情熱大陸の
テーマ」、ここでテンション上がって一気呵成・・、と、これがそうは行かなかった。

どこか緩んだ緊張の糸の成せるワザ、弾き進み次にリピートして戻って来る場所を
うっかり見失ってしまう。
そうなると指はそれなりのコードを捉まえては探って弾き続けるのだけれど、そうは
長くは続きはしない。
このままいったら絶対この先穴が開くと、思ったその時ようやく現状復帰、ほ~~っ。

う~、今思い出しても、粟立つ思い。
勿論相方のTちゃんには平謝り。
「あー、戻って来れたと思いましたよ~。間近になってお願いしたからね~。」
と、のどかに笑って許してくれてありがとう。

お客様にもお聴き苦しさごめんなさい。
# by so429 | 2012-05-27 00:36 | 音のかけら | Trackback | Comments(0)

お待ちかね~。
この記事はブログのファンのみ閲覧できます
# by so429 | 2012-05-22 21:40 | よしなしごと

金環食の名残
こんにちは、聡です。  

こちら愛知県中部では、金環タイムのまさにその時、お日様は残念ながら厚い雲のあちら側。
数十分後、ようやく名残を目にできました。

家の前で日食グラスを目に御大とわいわいやっていたら、通り掛かったお散歩のご年配に
ご近所の奥さん方が一人また一人。
「見えますか?」
「良かったらグラスどうぞ。」
「わー、よく見えるね~。」

と、グラスをみんなで回覧。
何だかなぁで終わりかねなかった日食ショー、金環は叶わずとも期せずして大勢で
楽しめて、お役立ちが嬉しかったひとときでした。

最後にここは画像をお借りして。
CNNより拝借。
# by so429 | 2012-05-21 09:11 | よしなしごと | Trackback | Comments(2)

準備万端
こんにちは、聡です。  

今週になってから駆け込みで注文したのが、日食グラス。

安物でいいから早めに買おうと勢い込んだ私を足止めしたのは、コワイのは紫外線だ
赤外線だ、と教え諭してくれたネット情報。

その間、例によってまずは手造りを試みる御大の 悪あがき 試作の日々を経、機先を
制される事数週間、ようやく間際になって決めたのが、さる望遠鏡会社とア〇ゾンとの
コラボ品でした。
小冊子付きで準備は万端。

後は明日が晴れてくれること、けど、どうやら難しそうです・・。
# by so429 | 2012-05-20 15:42 | よしなしごと | Trackback | Comments(0)

岡混・岡コ 第33回定期演奏会
こんにちは、聡です。  


岡コ。

一月も前のコンサートを今更ながら書き留めておきます、とは言え、あらかた忘れて
しまって、確かなのは画像だけ、な有様ですが。

1ステ、1曲目のコルシカの・・、神聖と世俗2つの曲、いにしえのポリフォニーを模した
聖なる調べが、何と言っても心に響きました。

2ステ、岡コ単独ステージ。
1ステの“大人”の声から一転、方丈記なぞと言う無常観満々な世界を歌うにはフレッシュ
に過ぎる声とは言え、岡コラヴな私にはノー・プロブレムです。

作曲家、千原 英喜氏。

幕間のお楽しみ。
これは楽しかった。
ミュージカル「美女と野獣」

# by so429 | 2012-04-12 19:51 | 音のかけら | Trackback | Comments(0)

枝垂れと共に行く春
こんにちは、聡です。  
3月27日
4月1日
4月6日
4月9日
4月11日

今年は2週間にわたり、定点観察の真似事をしてみましたが、素人の思いつきとはこんな
もんでしょう、天気の条件が異なったりもして、それほどには比較対照が効きませんね。

初めの方が桃の色が強く、咲き進むに連れて白く薄曇りのようになって行きました。
いつもは染井吉野に1週間は先立つのですが、今年は並行しての開花で、それぞれを
存分に楽しめました。

今年も、忘れずに花開いてくれてありがとう。

枝垂れに会いに行く道中、どれだけ摘み取ったやら。
土筆もそろそろおしまい、ご飯のお伴にありがとう。
# by so429 | 2012-04-10 22:40 | よしなしごと | Trackback | Comments(0)

録音は嫌いだ
こんにちは、聡です。  

過日お受けした、とあるオーディション伴奏、一時審査は録音。
午前の3時間、さるホールを借り切り、音に向き合って来ました。

過去何回か弾かせて頂いているスタインウェイ、でもいつもはリハーサル即本番と、
さほど長くない時間の中でなので、今回はしげしげと弾けて、そこはとっても嬉しい。

我家のピアノだって大屋根を開けて弾いてやれば、なかなかイイ(^^)、けどピアノが
極上な上に、響きもこれまた極上なホール独り占め(実際は2人だけど)で、そこは
滅多な事では預かれない環境でした。

これが家だと、みゅたがにゃあ、とかいってやって来るわ、そう言うときに限って電話が
掛かって来るわ、廃品回収車が大音量で流して行ったり、過去痛い場面も少なからず。
結構、家とか近所はいろんな音に満ちていたりする。

特に弱音など、ソフトペダルも加えてPからPPPまでつぶさに聴き取れれば、更に欲も
出て、ピアノはそれを叶えてくれ、一気に己の耳や腕が上がったかに錯覚させて貰えるも
スタインウェイさまのお陰です。

そうこうして指慣らしを終え緊張の1回目、いい感じで進み、残すは1ページ。
この調子で行けばワンテイクで終わるかも、なぞと思えばこれぞ邪念、あえなくミス誘発。
結局、何回トライしたか、あっちができてもこっちがダメな満足の行く出来でないまま時間
終了でした。

数日後ご本人、もう少し改善できそうなので時間を頂きたい、と。
私も、え、まだやるの?と言う気持と同じだけ、もう少しましにしたい気持とで、先日再録に
臨みました。

すてきな演奏にブラッシュアップして、目下、審査通過を心待ちしているところです。
# by so429 | 2012-04-09 22:17 | 音のかけら | Trackback | Comments(2)

当て字・で・ストラップ
こんにちは、聡です。  
  
過日、パリ東部モレに住む友人ヴェロニクの名前に、漢字を充ててストラップ作成。

女性なので、まずは美しい意味合いの字をあれこれ探す、そのプロセスが面白かったの
ですが、いかんせん“ヴェ”の字にしっくりするのが見当たらず、挙句に絞りだしたのが
“米”でした。

字体が幾何学的で面白いので良しとしましたが、意味を知ったら「・・・。」かしら。^^

さっき、届いたとメール。
大層喜んでくれ、漢字をなぞって書いたりして楽しんでいると。
同梱した日本の自然のカレンダーを見ては、いつか日本に来るのを夢見ていると。

いつか叶う日を信じて、ガイドツアーなどゆっくり案を練るとしましょう。
# by so429 | 2012-03-15 22:26 | よしなしごと | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 最終日 戦い(?)終わって大満足
こんにちは、聡です。  
                                       ホテル窓から

常に体調よろしく、今朝も美味しい朝食。
お粥と点心コーナー。
ハムなどのコールドミール。
なんちゃってお寿司ですけど、ディスプレイの気配り、好感度大。

お部屋に戻りパッキングしながら、買ったものの手をつけなかったこちらのお水で最後のコーヒー。
淹れ立てを口にしたら、「・・ん?甘い、何これ・・?」

ボトルに書かれた“汽”なる文字、既にお気付きの諸賢は大笑いでしょう。
それと知らずにサイダーを沸かしてコーヒーを淹れたおばかさんは、私です。
聞き質せば良かったものを、コンビニにこれしかなかったんです、リットルサイズのお“水”。
ま、漢字の 勘違いも中国ならでは。

と言うことで、9時に集合、バスは空港に向けひた走ります。
向うに前年の万博跡地、ぼんやり逆三角は、記念に残された中国館。

さてバスの中、申さんここで最後のお仕事、それがお約束の写真アルバム販売。
そもそもどのツアーも、添乗さん+バス運転手+カメラマン兼添乗見習の3人がセットに
なっているもようで、むか~し行った中国桂林や韓国も確かそうでした。

名跡のあちこちで撮った団体写真と個人写真を合わせて1組/5~8葉を収めたもの、これが
思った以上に異様に高額、何と1枚/¥1.000!?と全く噴飯モノ。

さすがに8枚/¥6.000など値引きには応じるものの、台紙に大判写真をぺたぺた貼った
だけのこれが平均¥5.000とは、換算すれば、日本で¥2.000に満たないでしょう。

このカメラマンで見習のお嬢さん、学生さんのバイトだそうで、ツアー中なかなか献身的に
ご年配を助けたりで、懸命さが同行中高年に好評でした。
なので、チップ代わりに買ってあげたいと内心思っていた我々でしたが、余りにあざとい・・。

やがて、手元にやってきたアルバムを見ると。
「ん?なかなか綺麗に撮れてる。」
一眼レフの威力も助け、我々夫婦して満面笑みのいい顔(恥)で収まってるではありませんか。

何しろ時間に追われ、2人揃って映っている画像が極々少なかったのが今旅行、かくて、
ご祝儀含めてのお買い上げ、同じように買われた方がおよそ1/3も居られたでしょうか。
〆て旅行料金と同額に上ろうと言うお土産代、これを高いと見るや否や。


さて、K社主催の今回の旅、K社が人を取りまとめ飛行機に乗せてしまいさえすれば、後は
中国側に丸投げ、今はまだまだ安い人件費や物価の安さを盾に善戦する中国側添乗さん。

受け入れ各都市では、土地の名所と産業とを抱き合わせたモデルルートがしっかり確立。
その間、ツアー客がよそ見をして買い物をしないよう、タイトに時間を繰り、食べ物にも手を
出させない。

さすれば「どこかでお土産買わなくちゃ。」な気持に駆られ行く、中国初心者な我々夫婦。
下拵え充分なところへ、絹布団に中国茶はいらんかね~。^^
そこへ容易く釣り上がるは、誰在ろう我々。

そして、仕上げをご覧じろ。
そこにはうまうま買わされちゃったと思いつつも、結構いいものだったし、と満足満面な私が
居りましたとさ。

市井のお店に行けば、値引き交渉を楽しみつつより安価に入手できるのでしょうが、それは
叉いつかのお楽しみで。

上海・蘇州の旅、私どもとご一緒ありがとうございました。
# by so429 | 2012-03-14 23:15 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 4日目 ⑧日本租界
こんにちは、聡です。  
                                         魯迅故居                                    

多倫路文化名人街、いわゆる日本租界がこちら。
かつて魯迅をはじめ、郭沫若ら中国の有名な作家や、日本人では魯迅と深い親交のあった
内山完造をはじめ、金子光晴、尾崎秀実らが住んだ界隈とか。
1998年、中国当局が観光用に整備したのだそうです。

日本軍官舎跡。
生活臭ある横丁。
物干し、日本とは縦横が逆さ、頭上お構い無しに張り出す張り出す。
奥へ進むと。
3カ国語表示、なるほど日本人ゆかりの界隈だからですね。
長屋のすぐお隣には住人が普通に生活しています。

日曜日の午後大勢が繰り出す中を、申さんの先導であっちに行きこっちに戻り。
やっぱりツアーは中身が薄くなり勝ちなのが画像の少なさが物語り、折角の租界もこれだけ。
そろそろ中国上海の時間も終盤です。

この後は南京路とやらの言わば歩行者天国を黙々行き、例によって同行の仁の発言、
「寒いで、もういいわ。」の声に、やれやれと苦笑いの申さん、お疲れ。^^

最後のお夕飯は「泛禾小菜」個室です。
わざわざ個室な上に、ビールがそれぞれの卓に渡り、かの薄暗い食堂に始まった今ツアーも
終わりよければ、ですね。

思えば申さん、50歳にさしかかろうかと言う脂の乗った年代、日本語は的確、ガイド内容も
詳細かつ愉快な話し振り、オプションや車内販売の努力など涙ぐましくもユーモラス、優秀な
添乗さん。

対する我々総勢20名、ツアー慣れ世慣れ故にオプション、買い物最低限、しかし時間厳守
規律遵守と迷惑を他人に及ぼす場面が一度足りとありませんでしたし、足弱と見えたご年配も、
身のこなしはワカモノに伍して機敏でした。

申さんにとっては、思いの外に吝いテキとは言え、気持ちの良いご一行さまだったかと。

ホテルに帰り着いてエントランス前。
見れば、とんでもない大きさの犬がそこに。
「トラ」と言う名前のこの犬、床からの高さと言い、体の幅と言い、座ってしまった画像では
大きさが今一つでとても残念、この犬のオーナー氏の言われるに、“黒い熊”と言う種なのだそう。

後日調べると、マスチフ犬が該当するようで、でも顔が随分違うと思う。
オーナー氏を含め画像を撮らせて頂く内に人が集まって来て、写メなどぱちぱち、やっぱり
どなたが見ても認める、とてつもなさなのでした。

明日最終日は、帰国に向かいます。
# by so429 | 2012-03-13 13:33 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 4日目 ⑦駆け足で陶磁器 青銅器
こんにちは、聡です。  
                                 白釉暗花蓮紋高足碗 1736~1795年                                            

さてあれこれ見る内、時間は余すところ40分、わぁ足りないと嘆く間に急ぎ下階へ。
先回訪れた陶磁器と青銅器フロア、駆け足でどれ位観られるでしょうか。

斗彩蟠桃提梁壷 1723~1735年
初っ端から景徳鎮のほぼ完成形、来ました、また見られました、なんてチャーミングな形に色。
三つ足香炉 600~900年
ぐっと早い時期なだけあって、浅い青や白に及ばない地色が初々しくて。
扒村窯彩色釉陶臥嬰枕、つまり寝転んだ赤ちゃんの陶枕 1115~1234年
夏に涼しい陶器の枕、繊細な美しい物があるかと思えば、一方で思い切り遊び心を盛り込んで。
法貨(?)釉花鳥紋罐1465~1487年
大きさから黒さから型破り、へたうま 自由奔放な文様に笑いがこぼれてしまう。

続いて、同じ時期をもう一点。
景徳鎮窯孔雀緑釉青花蓮魚紋皿
こちらも磁器にしては緩い焼きで、陶器との間のような胎に、ぴったりなおおどかな模様。
孔雀緑とは羽の色を模した色でしょうか、コバルト青と同じく高貴で高価な釉でしょうか。
そして、こちらが景徳鎮の完成形でしょうか、よく整った形の上に透かしを入れ、多色の釉を乗せ。
好みではないのですが美しさひときわ。

冒頭画像の拡大を以って、景徳鎮巡りの最後にしたいと思います。
なんとか肌合いがくっきり見えないかと思ったものの、やはり今回も・・。
2回目の邂逅、この白の繊細な高杯が私の中の1等賞は依然変わりなく。

さて、時は一気に2700年遡り、青銅器続きます。
まずは、敬意を表しまして。
当博物館のシンボル、大克鼎 前10世紀
子仲姜盤 春秋早期前770~前半 600
青銅器フロア随一の愛らしさ。
酒壺 春秋晩期前6世紀~
牛型のいわゆるデキャンター、何のお酒だったんでしょうか、馬乳酒があるんなら牛乳酒だって。
もう一つ牛。
八牛コンテナ、青銅器の1等賞はこちら。

また会えたこれや、初めましてのあれや、古くても今だ胸ときめく1時間40分でした。
# by so429 | 2012-03-12 19:39 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 4日目 ⑥清代の家具
こんにちは、聡です。 
                                 紅木屏風 部分

続いて、清代家具。(1644~1911年)
同じく上海文化班、中国骨董家具講座より。

明代は室内が暗く、その為に家具も比較的淡い色調で、黄花梨木が最良とされたが、
清代に入り紫檀に取って代わられた。
清朝の皇宮はこれまでの家具よりも、豪華なデザインを好んだ為、その要求に応える
べく広州式家具が生まれた。(対してそれまで江南で製作されたものが蘇式家具と
呼ばれる。)
広州の家具は、非常に豪華で、明代の家具と強烈な対比を成している。
更に、職人を皇宮に招き造られるようになり、それを京式と称すなど細分化していく。

紫檀飾り棚。。
この重厚感たるや。
彫刻は勿論漆加工に象嵌。
金工により、角を保護がてらの飾り付け。

紅木屏風、宝座。


歴史的背景
中国の対外開放都市・広州
明代末から、西洋の伝道師が宗教、文化(彫刻、絵画、等)を携えて、広州から中国に入国。
この為、広州の工芸品(景泰藍、象牙彫刻、鼻煙壺、等)はヨーロッパの影響を受けた。
家具も例外ではなく、ルネッサンスの影響を受けた。

工芸的特色
明代、細い木材を使用していたのが、彫刻を施すが為に大きな木材が必要とされ、次第に
明代の簡潔性、合理性が家具のデザインに適さなくなっていった。
大きな木材に拠る豪華であっても重く鈍い物に変わった。
ただし、手法技術は明代に及ばないとか。

続いて、先回訪問の折に取りこぼした、あるいは再掲したい陶器と青銅器を。
# by so429 | 2012-03-11 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 4日目 ⑤明代の家具
こんにちは、聡です。  
                                    庄氏寄贈による明代家具コーナー

中国の家具の類は、磁器と並び世界的な評価が高いとか、ここで知りました。
フロアには、明代、清代に大きく場所を割き、一大骨とう家具展示会の様相で、いわゆる
中国の骨董価値ある家具はこの2つの時代に造られた物を指すようです。

入るとすぐに使用木材の説明。

左から
黄花梨木、紫檀木、紅木。
明代から清代に掛け、花梨と紫檀の2種を珍重した家具が多数造られるのですが、やがて
枯渇し、後にそれに準じた紅木の上に漆や彫刻象嵌などの装飾を多用するようになったとの事。
また、照明の乏しい明代には、殊に花梨木の明るさが重用されたのだそうです。

まず、明代家具のあれこれ。(1368~1644年)
冒頭画像と同じく、時の庄氏寄贈の多くが、あたかも部屋の設えのように展示されています。
黄花梨木、洗面台。
洗面器を置くだけの台にこれだけの美を盛り込む中国や侮り難し。^^
装飾よりも、構造と造形に重点を置く明代の様式に則っています。
とは言え、これを装飾と言わずして何を言う。
見事な透かしです。
黄花梨ベッド。

庄氏折畳式鏡台と半卓。

先ほどの洗面台などと同様、用途に応じた家具が揃ったのが明代とか。

歴史的背景として、 5つの大きな要素が挙げられるとのこと、ここに書き留めておきます。
以下、“上海文化班”の中国骨董講座からの孫引きです、適当にスルー下さい。

1. 当時の航海家・鄭和に拠る大規模な対外貿易の開始 。
彼は、中国の絹、香料を輸出し高級木材を輸入した。
一度に100艘以上の大きな船隊で、毎回大量の木材を持ち帰り、その全ては良質な硬質木材の
花梨木、紫檀木で、木目が美しいこれら木材の輸入が中国明式家具の発展の条件となった。

2.科学技術の発達。
冶金技術の発達により、かんな等の木工具が発達した。
先進的な工具が優良な家具製作を促した。

3.江南地区に多くの庭園式邸宅が作られる(安徽、江蘇等の長江南地区)
当時の記載によれば、江蘇一帯には270を超える庭園式邸宅が存在していた。
これら邸宅の持ち主は官僚、商売で財産を蓄えた人々で、大量の木材を使用して邸宅が
造られ、高級な家具を必要とした。

4. 文人が家具製作に参与
文人の参与によって、文化的な価値が生まれた。

5. 明代永楽年間に皇宮が江南から北方に移動。
皇宮は北方に移動したが、鄭和は輸入した木材を江南・江蘇一帯(揚州、蘇州、松江を
含む)で保管をしたので、依然家具は江南で作り続けやがて高級家具が地場産業となる。
江南地域は、そもそも中国でも最も裕福な地方だったので、玉器、竹、刺繍等の工芸が
高級家具製作にも活かされた。

これら江蘇一帯で造られた家具はやがて蘇式家具と呼ばれ、運河を使って大量に北京の
皇宮に運ばれた。

   
続いて、工芸的な特色を4つ挙げますと。

1.硬木を磨き、漆などで覆い隠さず、木目の美しさを重視。

2.比率が合理的で簡潔
線の美しさを重要視するので、構造が安定している。
当時は既に工芸技術が進んでいて、釘を使用しない組木の技術が使われた。
それぞれの家具により、100以上の組木の技法があった。
16世紀、中国の組み木技術は国際的にもレベルが高く、当時の英国皇室で中国の組み木
技術を使って造られた家具は、ヨーロッパで大きな話題を呼んだ。
この技術で造られた家具は、堅牢で耐久性が高い。

3.使用目的に合わせ4種類に大別した家具が造られるようになった。
客間家具 
偶園画像より。
寝室家具

書斎家具

閨房家具
深窓のお嬢様のお部屋で用いる家具の総称とか。

日本の象嵌細工の方法を学び、明式以降、象嵌工芸が家具にも使用された。

4. デザインが明快で、造型が大らか
例えば、椅子の曲線を持つ手の部分も一塊の大きな木材が使用されているので、曲線が滑らか。

続いて清代の家具を。
# by so429 | 2012-03-10 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 4日目 ④上海博物館の玉 続
こんにちは、聡です。  
                                     神の鳥オーナメント

時代が下ると、微細な加工の装飾品が俄然多く見られます。
英語でオーナメント(装飾品)と説明があるものは使用法は今一つ不明、しかし
何かに使わずとも、眺めるだけで幸せな逸品の数々です。

以下、目にした順に画像あげます。
ベルトヘッド 1200~1300年明代
花柄レースの香炉。
桃型カップ。
花瓶。
2匹の蛇オーナメント。
八角函 乾龍帝期1735年~1796年。

飛天。
ひまわりの花びら絵皿。
画像の具合にも拠りましょうが、この辺りがいわゆる羊脂玉でしょうか、こっくりした質感、
そして明らかに白の色が鮮やかです。
その“絵”とは龍。
鶴。
葡萄。
冒頭、神の鳥と同じく多彩、違う玉の組み合わせと言うよりも、色の違う部分を上手く
生かしたのでは。
蓮を持った童。

年代、多くは書き留めず不明なままですが、古くは紀元前3.200年から1.800年と言う
実に5.000年に亘ろうという長い時を愛でられ続けた玉のアートのほんの一端、大いに
楽しみました。

次は家具のあれこれ。
# by so429 | 2012-03-09 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 4日目 ③上海美術館の玉璧
こんにちは、聡です。  
                                  玉璧 前3.200~2.200年

さて、やって来たのが上海美術館、昨夏訪れて以来こんな早くに再訪叶うとは思いもよらず。
先回、どっぷり浸った青銅器フロアを最後に回し、ここは未踏の玉器フロアへ直行です。

前475年~
こちら、完璧の語源でもある“へき”
完璧の故事に付いては、ネットなどいくらも上がりますので譲るとして、この璧と同じ
春秋戦国の時代、「和氏(かし)の璧」の故事を簡単に書き出しますと。

楚の国の、和氏なる人が山で玉の原石を見つける。
時の楚王に献上するもただの石とみなされ、妄言の罰として左足を斬られてしまう。

時が移れば王も変わる、そこで和氏、再度新王に献上、ところが価値を認められるに
至らず、残る右足までも失ってしまう。

更に王が変わるも、原石抱えて嘆き悲しむ和氏。
噂を聞き及んだのが文王、聞けば「足を斬られて泣くのではなく、これほどの宝石を
ありふれた石と決め付けられ、うそつき呼ばわりされるのが悲しい。」
そこで文王、職人に石を磨かせれば、何とも素晴らしい宝玉が誕生。
以降、代々の王が受け継ぐ宝となったと。

部分。
鳥紋璧 前206年~

死者のマスク 周代(前1046頃~前771年)
葬儀の風習、死者を悼む為に顔にマスクで覆うのだとか。
パーツを繋げる為の小さな穴が見られます。

玉原石あれこれ。
青白玉
青玉 碧玉
白玉 羊脂玉
玉の中国における最上級がこの羊脂玉とか、とろみを感じさせる美しい白です。

そもそも玉とは翡翠を指すのだそうですが、中国で産するのが軟玉、ミャンマー産が硬玉、
現在貴石として珍重されるのは硬玉のみ、中国産は半貴石の分類とか。

軟らかいが故の加工の妙、明日に続けます。
# by so429 | 2012-03-08 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 4日目 ②茶芸店で
こんにちは、聡です。  
                                         茶芸

お昼の後の一幅と、連れて来られたのが茶芸店。
茶のアートと言うほどでは全く無い、言わばショーのようで目の前でお茶を淹れてくれます。
居並ぶポットの数だけ登場するお茶の数々、初めに日本でも馴染み深い鉄観音茶、続いて
ジャスミン茶、苗や種が統制されて国外不出とかの一葉茶(箱には一吐茶)などなど。

ここからがお商売。
手元には、お茶の効用書きのプリントが配られ、見るものの心をくすぐるにお役立ち。

胃腸に減肥に肝機能、コレステロールだ高血圧、我々中高年、いずれかのキーワードに
反応するお年頃です。

当初全くその気が無かった私に買ってもいいと思わせたのは、実は団体ゆえの自由時間の
あまりの無さ。
いつもなら街歩きの合間に、気に染まるあれこれが少しずつ増えて行く。
友人知人の喜ぶ顔を想いながら、少々多すぎるお土産を持ち帰るのが常なのに、今回は
昨日のコンビニのお菓子だけ。
極安旅に見合ったお菓子を広げ、それもまたオツなご報告になる筈でした。

「3つ買えば1つタダ。」
撒き餌に甘言施せば、他愛無くも絡め取られるこの私、かくてこの旅2回目のお買い上げ。

さてこちら我家で愛飲、一葉茶。

別名、「苦丁茶」と称すこちら、お茶であってお茶の木でない一種のハーブティー。
名前のように苦さ満点、このくるくるの1本で出るも出たり、その量およそ2㍑。

コレステロール値降下を期待して、現地に倣い、我々それぞれポットに淹れて日がな飲む
この頃です。

以上、4日目の午後に及びようやく熾烈だったお買い物引き回しもようやくエンドマークです。
# by so429 | 2012-03-07 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 4日目 ①豫園
こんにちは、聡です。  
豫園                                                   
4日目メニュー
・ラテックス寝具店
・豫園
・豫園商城
・茶芸店 試飲と買い物
・上海博物館
・多倫路文化名人路
・南京絽散策
・お夕飯 「泛禾小菜」

旅は4日目に入り今朝も8:00に出発、早一番から寝具店に引き回し。
しかし8:00を少し回ったくらいから店開きとは、上海人ったら働き者。

ラテックスと言うゴム加工の品々、敷マット始め求め易い枕など、お財布の紐固いと見えた
同行者の中にかれこれ購入者が居られ意外。
睡眠に有り難くも不満の無い我々ここは初めからスルー、拠って画像がありません。


豫園商城外観、いよいよこの中を分け入って有数の名園、豫園に参ります。
かつては、大きく全体で豫園としていたものを、後世商人の手に渡った区画が商場と
なり、今に至るとか。
右の緑色に塗りつぶした処が豫園で、下のいわゆる出口から入り赤いラインのように
逆行しながらショートカット見物をしました。

入り口(出口)の辺り。
季節の桃でしょうか。
つがいか2頭の辰。
辰年に因み御体も記念に。
木の根だかでできた応接一式。
中華風には亭と言うか、水上の四阿。
ここに腰を降ろし、向うの渡り廊下を行く異性を垣間見る、言わばお見合い場所であったとか。
下の半円を刳って向うを想像させる手法、何と言うんでしたか造園の工夫の一つです。
向うは遥かに水路が続くと見えて、実はすぐに行き止まり。
壁上方の透かし見も、想像を掻き立てる技ですし、他に借景などは身近ですね。
こう言った心理を上手く利用した手法はとても見事だと感服です。
見ればここに大鏡、団体行動の禁を犯しちょっとした撮影会、何しろ2人で撮るだけの時間が
常に無く、遊び心からのほんの少しが、さぁ大変。

気が付けば、前にも後ろにもお仲間がいない。
まずい事に行き先は三つの方向、それぞれ行っては返し、次を行ってはまた戻り、そんなこんなを
5分も過ごしやっと向こうに見つければ、申さん講釈の真っ最中、後ろにそっと紛れ胸撫で下ろし。
夫婦して青くなったひとくさりでした・・。(恥)
そしてこちらがメインとなる庭園。
メインの応接間。
逆行して来ているので、間もなく出口(入り口)なのでしょう。
こちらがサイドに設けられ女性席、判り難いのですがテーブルも男性が四角に比べ、こちらは
半円です。
海上、上海の古称とか。
通常の入り口。

かくて豫園見物、さくさくと終了、あなた任せの初豫園、残念ながら今一つ。

ガイドツアーは見所の詳細を聞けるメリット、己の見たいポイントを諦めるデメリットのせめぎ
合い、と言う以前に今回は事前サーチ希薄、初めから唯々諾々と引き回されるの覚悟でした
ので、いつかまた自分の時間で巡ってみたいと思います。

小籠包の何とか言う有名店。
商城の甍。
この中で小籠包等も加わったお昼を頂きました。画像はありません。

お腹がくちくなった後は、お茶芸店に向います。
# by so429 | 2012-03-06 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(3)

上海・蘇州の旅 3日目 ④上海入り
こんにちは、聡です。  
                                          老碼頭

ローマァトウと呼ばれるリノベーション地区、黄浦河のかの外灘から南下した辺りの
かつての倉庫地区を一掃して、外資系飲食店をテナントした一画。
マップを貼って覚書に替えます。(拡大します。)
そう言えば山本寛斎さん、お茶に来店されるところ遭遇。

さて、お夕飯は四川料理を美味しく頂き、お待ちかねの外灘イルミネーション見学。
ここで、遊覧見学の方達とお別れです。
日本出資森ビルの辺り。
上海のランドマーク、何とか言う電波搭。
拡大します。
対岸がこちら外灘(わいたん)。
シックで素敵、時間在らばも少し見ていたいものですが、本日はここまで。

体もよく冷えた所で、ホテルに向います。
中心から外れた立地とは言え、この辺りからは10分くらいの見当を付けていたら、
何故か一旦上海の繁華な辺りにきびすを返し、高架道路をぐいぐい行く。
思うに、この近代中国の景色を見せたいが為の、ある種演出なんでしょうか。

30分を費やし着いた所は「シューフイ・インターナショナル・エグゼクティブ・スイーツ・上海」
名前がやたらと長い、エグゼクティブなぞと言う胡散臭そうな名前からして、最近出来た
安普請に違いないと踏んでいた我々。

外観。なかなか高層ホテルの我々は16階です。
何て事の無いエントランスなので、名前はやっぱり虚仮脅しかどうか。
お部屋に入り、嬉しい驚き。
ラブチェアサイズのソファとは広さ満点。
キチネットには電磁コンロに電子レンジ、使う暇無しが残念過ぎ。
ここでもローブ付き。
ビジネスライクな調度にディスプレイ。
冷蔵庫や食器などはすっきり下部に収納。

ホテル入り口の何でも無さと、お部屋の充実振りのこのギャップは何なんだ?と、ここ
上海でも、思いの外な嬉しい誤算。
お値段表見っけ、このお部屋はかれこれ上階な上に表通り沿いなので、さしづめ2番目でしょうか。
1800元って¥25.000位・・、申さんの言った通りツアー料金より高い宿泊費、謎・・。

後日、同行の人たちの会話では電子レンジが付いていたいないが話題になっていたので、
我々は間違いなく一つグレードを配慮下さった模様。
「絹布団が決めてかぁ?」とは御大、我々のささやかな貢献(^^;)に対しての申さんの配慮
有りや無きや、ここでも謎は謎のまま。^^
# by so429 | 2012-03-05 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 3日目 ③古鎮水郷、七宝
こんにちは、聡です。 
 
古鎮をもう一つ、七宝(七宝焼きとの関わりは無いのだとか)の町。
ここの言わば七宝銀座の通りと言うか、何が凄いって・・。
ひしめく人また人。
土曜日とあって、行楽にやって来るのはいずこも同じ。

しっかし、どこから湧くや中国人、ご覧のように過密度尋常ならず、唖然。
しかもこの通り、やたら食べ物を売る店が軒を並べ、飴やら点心やらをねぶる人、手に持つ人が
後から後から押し寄せる。
そこを躊躇無く分け入っていく我らが申さん。
お願いだからお近づきしないで、と祈りつつも成す術無く人ごみに揉まれる我々。

しばらくの自由時間に、水辺に出て、ようやく人心地ついた思い。
景観お構い無し、お布団満艦飾の飾らない風情もまた一興。
水門辺り、人の列が絶えず。
ここにも船着場。

集合時間までを、お茶を頂きましょう。
一煎目は捨ててしまう。
二煎目。
さあ、どうぞ。
このお茶碗は縦型と平型で1対、初め縦に注ぎ、平型で蓋をし、頃合を見て平を返して
香りを楽しみ、やがてこの平型に注ぎ替えて、ようやくお茶を喫します。

器の大きさはおままごとのように実に小さくて、都合この時は二、三、四煎と続けて頂いた
と思います。
セレモニーとしては面白かったものの、ご覧のように水気を拭き取らないままで、どこか
粗野、そこそこでご馳走様でした。

しかし現地の人々、傍らに常にティーポット持参、今でこそ我々もマイボトルにお茶など
入れて携帯していますが、とうの昔から習慣としてしっかり根付いているようです。

申さん曰く、中国人に肥満が少ないのは日がなお茶を口にする為とか。

肥満はもちろん、コレステロール減にも効き目のあるお茶など、効用による飲み分けなど、
巧みに生活に取り入れておられる様で、話には聞いていたものの目の当たりにして、我々も
体質改善を考えるきっかけを頂きました。

さて、次はいよいよ上海です。
# by so429 | 2012-03-04 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 3日目 ②朱家角
こんにちは、聡です。  
                                                朱家角

 ここはすでに上海近郊、古鎮と言われる古い町並みの一つ“朱家角(しゅかかく)”です。
まずは、中ほどの放生橋へ向けて、てくてく。
運河に向って、食べ物屋が店開きの仕度。
やがて運河から離れ、みやげ物屋が軒を競う辺りへ。
お向かい接しそうな狭さにお店が続くよどこまでも。
豚の足首辺りのいわゆる角煮、この辺りの名物とか。
1つが15元前後¥200位、美味しそう~。
今日のお昼はこれに類似した「万三蹄」予定。
放生橋の上から。
振り返れば。
明の時代に造られたと言う橋全景。
さて、このたもとでこんな金魚売のおばちゃん達が大勢。
2袋3元(¥40)だよ~、とぞ仰る。
そんなのお土産にしようったって・・。
こちらでは、亀だ鮒だ鯉だどじょうも。

魚をかす
タイにもあるそうですが、生き物を河に放して功徳を得る、そう言う思想なんですと。
画像左のたもとから魚を放す子供連れが居られました。

ここで、我々も30分ほどの放生(^^)タイム。
商店街を更に行く。

肉に粽。
レンコンにお肉の薄切り?お醤油がしっかり染みてそう。
残念ながらここでも買い食い禁止令発布。^^
食い気押しやり、風景を愛でるとしましょう。
しっとりした辺り、反り返った屋根が中華ふんぷん。

続いてもう一つ、古鎮水郷を訪ねます。
# by so429 | 2012-03-03 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 3日目 ①上海、その前に
こんにちは、聡です。 
                                        朱家角の水郷

3日目のメニュー
蘇州
・シルク店

上海近郊
・朱家角
・七宝

上海
・老碼頭

蘇州3日目の朝。
鴨血粥、と言うおどろしい名前に似ず口当たりの良いお粥さん、お陰か元気です。

今朝はホテルを畳んで、上海へ移動。
中国へやって来て昨晩、初めて手に入れたお土産らしき物、それが絵葉書。

早速、蘇州の思い出にと我家と娘宅へとしたため朝方ホテルフロントへ投函を依頼するも
切手の持ち合わせが無いと言う。
「は?切手くらい常備しないかぁ・・。」
と内心思うも、無い袖は振れぬだろう、上海から出そうと引き下がる。

こう言う時に黙っていないが我が夫、フロントに尋ね、レセプションにたらい回されと、私と
同じ軌跡を辿り、やがて自力では諦めるもそこですかさず申さんに直訴。

さすがの申さん、支配人を引っ張り出し言う事に。
「あんたに預けるから、切手貼って出しといてよ。」(な、感じ。)とごり押し。
私に、「日本まで8元だけど、ここは10元(¥130ほど)/1枚払って貰えますか。」
支配人さんのお手数込みと言う事で納得し、事は丸く収まったのでした。
この業覚えとこう。^^

上海へ向ける前に、最後にもう一つ昨日と同じ蘇州の産業、絹布団のお店へ。
この辺りは蘇州観光ルートのお約束らしいですね。

シルクワールド。
どっしり重みのある絹ブロケードとおぼしい中華服がお出迎え。
大小2種類の繭群。
左の大きい繭が中国産、右が日本。
大きいには訳があり、中にはツイン!のおかいこさんが糸を生成。
糸を繰り。
みるみる糸を引き出し。
馬蹄形な型にあるのは、言わば布団の素。
繭一つを伸ばせばたちまちこの大きさ、これを20回ほど繰り返し漂白した1セットが、左の
白い固まり。
絹布団、日本で言う真綿布団の延ばし体験。
さっきの1セットを皆で持ち、お布団の大きさになるまで、満遍なく一気に引き伸ばしていく。
20分ほどで1客分の肌がけ布団へ。

繊維同士が絡み合い空気を逃がさない為、保温性が高く、体にしなやかに沿い、ほこりも
出難い云々を聞き、ここで俄然乗り気に転じた我々。
留守を預かる娘夫婦へのお土産はこれでしょうと、購入を決めました。

持ち帰りには、側生地に入れ布団に仕立てた物をぐっと畳み込み、大きめ書類入れ程度に
コンパクトにしてくれます。

お値段書き留めておきましょう。
1.750g/590元(¥8.000足らず)側生地は綿の白一色です。
同じ1.750gで、サイズはシングルからダブルまで、厚みが段々に薄くなる仕組みです。

後日、日本で発売している物を比較した所、下は¥15.000~¥100.000越えまで、
日本繭の品質や側生地のデザインも関わって、一概には言えないものの、お試しとしても
お値打ちと納得できました。

これから上海入りする道すがら、昨夜同様の古鎮(いにしえの邑)といわれる朱家角へ。
美しい水辺は明日まとめてアップします。
# by so429 | 2012-03-02 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

息子入籍
こんにちは、聡です。  
                                 婚姻届を手に
今日はもう一つ。
昨日2月29日閏の日、息子あっつん並びにゆうちゃん、無事婚姻の運びとなりました。

かねてから入籍のみ日取りが決まったものの、東西離れての住まい故調整が上手く行かず
肝心の式場が未だでした。
我々新郎側はこう言う場面は、やれる無理の無い範囲で誠意を見せればいいと、息子任せで
いられるものの、かたや新婦ゆうちゃんの父上、承諾はしたもののサイン一つでその先は未定
なぞ、今一つ快く肯えないのは至極ご尤もだったのでした。

そこで双方母が図り、取りあえずのお印にこちらの風習でもある名披露目の品を親戚に向けて
手配したのが功を奏したか、父上も少々なりと納得頂けた模様です。
そして二人、一昨日帰省したその足で、名古屋駅上階ホテルの思わぬ好立地が取れ欣喜雀躍、
ようやく胸を張ってのご報告に、父上も安堵されたようで大円団の入籍となりました。

今風の事務的簡素さと、前時代の我々の考えを掬い上げながら、二人してバランス取りつつ
前へ歩み出してくださいね。

春浅くも佳き日、こうして大切なご縁がまた一つ。
# by so429 | 2012-03-01 12:45 | よしなしごと | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 2日目 ⑦蘇州の夜は
こんにちは、聡です。  

夜を迎えた蘇州のもう一つの楽しみ、水郷夜景。
こちらはオプション、蘇州遊覧と上海夜景遊覧との二択をするならば、上海黄浦河は先年
クルーズしたし(ちょっと違うケド・・・。)いにしえの中国の姿が見られるとの事でこちらをチョイス。

ぬくぬくした屋形船に乗り込み、広くも無い水路を静々行く。
御大は予想通りの今時のイルミネーションに興を殺がれたようだったけれど、私はご機嫌。
途中、画像用に扉を開け放ち中央から撮らせてくれる。
画像には残せず残念ながら、水路に裏口を穿つ民家に生活の匂いを伺うのもまた楽しい。

しかも申さんグッジョブ、途中舟から上陸し、通りをそぞろ歩くオプションを挟み込んでくれる。
先回りし待ち構える舟に再度乗船、水路は徐々に広くなり。
小1時間の遊覧はお開き。
# by so429 | 2012-03-01 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 2日目 ⑥刺繍は蘇州
こんにちは、聡です。  
                                               
ただ今3:30、お夕飯までの時間を埋めるのは、刺繍研究所なる施設。
時間の穴埋めなどと思うのも申し訳なくなるほどの立派な作品のあれこれ。
写真画像から輪郭を写し取り、100色の糸を駆使して蘇州の水郷をシックに刺し上げていく。
平均46歳、女性ばかりが従事しておられます。

こうした風景やモナリザやゴッホの向日葵などの名画なども見られ、これらはれっきとした
そのまま壁などに架けて鑑賞する芸術作品ですね。

そして驚いたのは、両面刺繍と言われる表裏が同時に刺され、どちらからも鑑賞可能な作品群。
二人で向かい合い鏡面で刺されたり、中には表が虎、裏に獅子など別な作品に仕上げたり。
多くは衝立などの家具にアレンジされています。

作品群は画像不可だっただけに、ここはもっとゆっくり見たかった。
勿論、コースの最後にはお約束の売店コーナーが控え、またもきれいにスルーしたのは
言うまでもなく。

2日目のお夕飯、昨夜よりお昼より更に美味しくグレードアップで嬉しい。
まず前菜に当る小さなお皿が4種類、次に7~8種類の肉魚野菜のお皿+チャーハン(
白飯は1度もなし)+スープ+果物(甘いお菓子などは無し)この流れで運ばれるのが
昼夕食全7回の常でした。

全て複数でテーブルを囲んだ訳ですが、遠慮するでも持て余すでもなく、過不足無い
質と量に、これも嬉しい誤算だと思いました。
# by so429 | 2012-02-29 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 2日目 ⑤寒山寺
こんにちは、聡です。  
                                         寒拾殿

寒山寺にやって来ました。
黄色い壁、これがお寺さんの印なんだとか。

下から上の方面へさくさくと辿って行きます。

大雄宝殿。
ご本尊、日本と異なる飾り付け方が目を惹きます。

こちらがかの“楓橋夜泊”の碑。
唐代の詩人であり政治家だった張継の詩。

月落烏啼霜満天、  月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ

江楓漁火対愁眠。  江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す

姑蘇城外寒山寺、  姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)

夜半鐘聲到客船。  夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る

都にて試験に臨んだものの合格を果たせず、都落ちを余儀なくされた張継が、旅の宿にて
読んだ落魄の歌なのだとか。(後に科挙合格、待望の官吏登用を果たしたとか。)

申さん、この詩の字句を追いながら朗々と吟じてくれ、私いたく感じ入るひとときでした。
こちら、件の楓橋。
寒山寺に至るすぐ手前にありました。
この橋の辺りに停泊した舟の中、愁いに眠れぬ旅人の気持が迫ります。

こちら、鐘撞き堂前の聴撞石。
ここで放った鐘の音が旅人の耳に、どう届いたのものでしょうか。
因みに、こちら大晦日には除夜の鐘撞き、日本人が持ち込んだ風習を今や、中国はもとより
韓国、日本からもツアーなどで大勢が繰り出すとか。

寒拾殿。
もう一つの故事、寒山そして拾得、この二聖を祀った祭殿。

仇同士の家に生まれた両聖、さる賢者によって悟りへ誘われ、合い交じるようになった。
非僧非俗の風狂の徒であったが、仏教の哲理には深く通じ、詩などにも優れ、その脱俗的な
生き方が、宋代以降の禅僧や文人の憧れとなって画題にも多く見られると、wiki。


左から寒山、拾得 14世紀、伝顔輝作
なるほどこれが“風狂”の輩。

寒拾殿画像を見直したら、屋根上にこんなの発見。
西遊記?

小1時間ほど観覧、次は刺繍研究所へ。
# by so429 | 2012-02-28 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 2日目 ④偶園
こんにちは、聡です。 
                                  偶園の一隅で 芽吹くのは辛夷?

ここで、お昼を挟んだその後は。 
2日目のハイライト、楽しみにしていた偶園です。
蘇州の世界遺産、“古典園林”と言うそうですが、その内の一つとか。

「耦園」の 「耦」は、残念ながら私のPCでは変換ができませんが、日本語では偶然の偶を
充てるようで、されど申さんは「ぐんえん」のような発音でした。
“Couple's Garden”とあって納得、“偶”には夫婦が仲良く暮らせる、みたいな意味が
あるようですよ。

個人の邸宅だったと言うここ、まず邸内から。
いわゆる正門である大門と通用門と言える小門の2つがあるとかで、我々その大門から
入ると、幾つかの待合室を通りやがてこちら。
メインの応接室へ。
幾つかあったのは、客層のランクによって応接間が異なる!んですって。
正面中央に書画、左に壺など、中国のお約束に則り重厚に飾られています。
そして、ここに写るのは男性賓客の座、この両サイドに女性用の椅子、と男尊女卑の思想に
従い、席を同じうしない造りになっています。

「昔は、女の人とても地位が低かったけど、今や女性、強い強い。」
「上海の夫、会社疲れて帰ってから、家族にご飯作る。奥さん寝転がって待ってる。」
この辺りどこまでホントか、上海人である申さんの恨み節も混じってか、我々爆笑するも
同情禁じ得ず。

美しい透かしを通して見る屋外が美しい。
建て屋を巡る回廊。
外であって内であるような。
園内多くが右往左往しているのですが、こんな静寂な一隅もあり。
メイン庭園。
常ならブログ用に人の居ない画像を撮るのですが、いかんせん時間にゆとり無く、端々に
我々が紛れ込み、お見苦しくもご容赦くださいませ。
そしてこちらが小門。
日本の個人のお宅でも見られるような穏やかな佇まい。
でも、この丸いアプローチはやはり中国。

そして、邸宅の裏手からは。
直接水路に出られる船着場が。
申さんの好意で、対岸へ船旅をものの数分だけ。
生活感溢れる水辺。

この後は、寒山寺に向います。
# by so429 | 2012-02-27 08:34 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 2日目 ③真珠の揺り籠、太湖
こんにちは、聡です。  


太湖で育つのは、淡水真珠。
カラス貝を寝床に5年ほど養殖されたものがこれ。

目の前で繰り広げられる真珠貝の解体(・・・)ショー、団体さん毎に係りのお姉さま数人が
貼り付いて 専任で手際よく繰り広げられます。

日本の海水に育つあこや貝による物との違いと言えば、あこやが各貝に一つづつに比べ
此方カラス貝はその大きさからも想像できるように、複数の真珠をその胎内で育てます。

ショーの初めは、その数を当てるゲームから。
何と25個から40個と聞きそれにはびっくり、その場で開ければ実に29個を数え上げ、
数を当てたどなたかには、小さなプレゼントが渡ります。

また収穫された29個は、我々へ配分。

同じ貝なのに、これだけの色の違いとは妙なる自然の偶然、
微細とは言え貝の命、ありがたく頂きましょう。


さて、良く判らないままショーに参加する内、ようやく見えて参りました真の目的。

それが、この真珠粉を混ぜ込んだと言う美容クリーム。
薬効は、その気が無かったのではっきり聞き留めず仕舞い。

サイトなどに拠れば、皮膚細胞を活性化し、皮膚の弾力性を回復させ、特に油性の皮膚で
油脂分の分泌過多によるニキビに対して、著しい効果があるとか。

さて、始まりましたよ、熾烈な売り込み。
朝夜でワンセット、それが3セット分6つが一つの箱、〆て6個/¥10.000。
「・・・・。」我々、いっかな反応なし。

そこへワンセット2個が加わり、8個/¥10.000。
「もう一声!」と、どなたか。^^
これが限りと、遂に10個/¥10.000。
ところがみなさんこぞって堅実、実にツアーを判ってらっしゃる。

先ほど値切ったどなたかも、何処吹く顔で無視を決め込み、さすがの申さんも、
「値切ったお客さん、何とかしてよ~。」に大爆笑。

やがて、大箱での販売は諦めて、1個/¥1.000に至っては、ようやく手を挙げる方が出現。
私も実は、知人へのお土産に頃合かと話に乗りかけ、御大に横から引止められる始末。
「あれは、単にカルシウムなだけで、変哲無いしろもんだそうだぞ。」
中国在住の友人情報の前に、あえなく矛先を納めた私。

同じフロアの、アクセサリーなど見るとも無く眺め、第一関門事無く突破を果たしました。
(因みに、12個/¥10.000に成功したつわものが居ると、帰国後知る所となりました。)
# by so429 | 2012-02-26 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(4)

上海・蘇州の旅 2日目 ②太湖行けば
こんにちは、聡です。  
                                              太湖

8:00から繰り出し1時間、観光のいの一番は、無錫のここ三国城。
日本で言うところの太秦、つまりまんま映画セットのテーマパークです。

我らが添乗、申さん。
だいたい意味が汲み取れるのは、同じ漢字の国の良さ。
ここで、各々25元(¥350)を支払い、カートに乗り込みます。
乗車は本来個々の自由ですが、お仲間にたまたま足のやや不自由な方が居られるので、
皆で慮り総勢20名カート乗車を選び楽に周りました。

中国映画、“レッドクリフ(赤壁の戦い)”をご覧になった方、この場面に思い当たるでしょうか。
時の曹操軍、自軍の兵士達の船酔いに対処すべく、船同士を鎖でもって横に繋げ揺れを
防いだとする“連環の計”、に使ったセットとか。
やがてこの計は敵将の策により一気に類焼の憂き目、裏目に出てしまうのですけれどね。


やがて、やって来たここは太湖。
琵琶湖の約4倍の広さを誇る中国有数の湖、この底から採れる石灰質の石を太湖石と呼び
中国の造園を一役担っているのだとか。
何でもこの穿たれた穴に価値があるそうですが、異人には良く判らん趣味であります。

申さん、やおらプリント配り、スマホだかに録音してきた音源で「さあ、歌いましょう♪~」
と、無錫旅情を皆で朗々と合唱。
一生懸命旅情を掻き立てようと、ありがたい配慮ではあります。

そして、30分ほどですが遊覧船に乗り込み、船上から岸辺を眺むるも趣深し。

三国城自体は全くたいした事無い(^^;)施設ですが、園内に太湖遊覧船の発着場を設けた
のは大成功ですね、これは楽しかったです。

この太湖、石と共に名産物がもう一つ、次に向うはその淡水真珠の専門店です。
さぁて、ツアー会社のリベート財源(笑)とどう立ち会うか、お店と我々客との攻防やいかに。
# by so429 | 2012-02-25 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)

上海・蘇州の旅 2日目 ①蘇州の朝
こんにちは、聡です。  
                                            ホテル前通り
2日目のメニュー
・三国城
・太湖遊覧
・淡水真珠見学・買い物
・偶園 世界遺産「古典園林」
・寒山寺
・刺繍研究所・買い物
・蘇州運河ナイトクルーズ(オプション)

通勤の風景。
ホテル前の大通りは片道3車線、お国の車は勿論、多く見かけた韓国ヒュンダイ車、時に
ベンツなど独車、トヨタなどが僅かばかり、いずれも小奇麗なセダン車が行き交います。

そしてお馴染の自転車群、と思いきや多くは電動と思しきバイクそして自転車。
電動のメリット、低騒音かつ無排気故に、右に左に行く数多の二輪車が異様に静かです。
もう一つ、信号にある赤い数字、これによって残りの待ち時間が判る仕組み、無用な見込み
発進などの事故が防げます。


朝飯前の通勤ウォッチはほどほどに、朝ご飯に向います。
ホテル朝食室。
2日ともこちらでブッフェの朝食を頂きます。
口に合わないものが無かったのが嬉しい。
白粥に豆粥などなど、選べるのも中国ならでは。
毎朝これでお腹のリセットをして、お陰さまで元気に観光に望めました。

ザーサイなどお漬物類に塩煮卵、お粥のお友も豊富。
蒸し物。中華点心あれこれ。
パン類。お味はまぁまぁ。
麺のコーナーでは具などをオーダーしてから茹でて貰うシステムでした。

エネルギー充填、集合時間は早々の7:50、何処なと引き回し下さいませ。
# by so429 | 2012-02-24 09:00 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(2)

上海・蘇州の旅 初日 ②蘇州のホテル
こんにちは、聡です。 
                                      雅都大酒店 初日、2日目の宿


雅都大酒店(アスターホテル)4つ星。
今回はお宿についても過大な期待を抱くまいと臨んだ我々。
旅行案内に拠れば5つ星中の4つ星、ホテル自体のグレードがそこそこ高かろうと、まず、
裏通りに面した格下、そして狭小なお部屋かもしれません。
 
さて、そのお部屋とは。
裏通りには違いは無くも、ツインとしては申し分の無い広さ。
明るく清潔な洗面台。
アメニティはまずまず。
おやぁ、何とバスローブが備え付け及び質の良さに、いささか認識変えました。
特にバスタオルの大きさたるや、生涯(笑)最大級の代物、リネンはお宿のグレードを如実に
物語ります。

参った、参りました、とっても良いお部屋に素直に感謝でした。
添乗の申さん曰く、「ホテルの1泊分、多分皆さんのツアー代金くらいしますよ。」と言うのは
決してウソじゃない。

一体、どう言う仕組みでここのホテルに投宿できるのやら。
ともあれ嬉しい2連泊、いそいそとさして多くも無い荷解きを済ませ、疲れ一つ無く
初日の夜は俊く更けて行ったのでした。
# by so429 | 2012-02-23 11:52 | 2012 上海・蘇州の旅 | Trackback | Comments(0)
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御大(夫)とみゅた(猫♀)との、 ぱ まる(まずまず)な日々の覚書

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